Shorai Sans 見本帳制作の裏側
Shorai Sans の見本張デザインを担当したコズフィッシュ代表の祖父江慎氏をお招きしトークセッションを行いました。
2022年2月にリリースされた Monotype の和文書体 Shorai Sans。Avenir Next にあわせて開発された、すっきりと読みやすい和文書体です。書体の発売を記念して、オンラインのトークイベントが開催されました。
このトークイベントでは、書体制作にかかわった Monotype クリエイティブ・タイプディレクターの小林章、Monotype シニア・タイプデザイナーの土井遼太が登壇。ゲストスピーカーとして、Shorai Sans の見本帳デザインを担当した祖父江慎氏、Shorai Sans の書体デザインに携わった中村征宏氏を迎えて、2つのセッショントークが行われました。
見本帳のデザインを依頼した経緯
Session 1では、Shorai Sans の書体見本帳をデザインした祖父江慎氏が登場。祖父江氏は小林が執筆した書籍『フォントのふしぎ』『まちモジ』のデザインも担当しており、氏の文字に対する愛情やわかりやすく伝えようとする姿勢に小林は注目していたと言います。Shorai Sans の見本帳を制作するにあたり、小林は書体の魅力を伝えてほしいと考え、祖父江氏にデザインを依頼しました。
文字についてなら何時間でも語れるほど、文字好きな祖父江氏。見本帳のデザインを打診された時も、どんな書体なのか、とても楽しみだったと言います。Monotype と最初に打ち合わせをするまで、書体の概要や中村征宏氏の参加は知らされていなかったので、詳細を聞いて驚いたそう。
極太文字をどう作るか
Shorai Sans の制作で最も頭を悩ませたのは、Avenir Next Heavy の太さにあわせた和文の極太文字をどう作るかでした。特に漢字は画数が多いため、そのまま極太にすると線がぶつかって読めなくなってしまいます。小林は中村氏が作ったゴシック体のゴナに注目。最も太いウェイトのゴナUでは、不可能と言われた超極太文字が見事に書体化されており、極太書体を作るなら中村氏の力を借りたいと考えました。
例えば、漢字の「十」は、かなり重心が高く作られているので、普通は威張って感じられるが、キュートになるのは中村氏のバランス感覚のためではないか、と祖父江氏は分析。「得」のぎょうにんべんでは、線の重なり方が絶妙で、おおらかさと強さに驚いたと言います。
ひらがなの「き」では、細いウェイトでは3画目がつながっているのに対し、Extra Bold 以降の太いウェイトでは分離。太いウェイトで3画目をつなげてしまうと文字全体の密度が増してしまうため、途中で切り離しています。
Shorai Sans では線をなるべく単純にして複雑に見えないようにした、と小林。太いウェイトでは、ぎょうにんべんの1画目と2画目をくっつけることにより、一つのまとまった形に。一方、3画目(縦棒)の始筆部の右上が2画目とつかないようにして軽さを表現。太さと軽さのバランスをとりました。
見本帳に入れた文字
見本帳では画数の多い文字と少ない文字を見せたかった、と祖父江氏。画数の少ない「十」の上に画数の多い「驚」を置き、比較して見せています。ひらがなは、Shorai Sans の特徴が最も出ている「お、む、な、ぷ、ゅ」を掲載。その下にカタカナの読み間違えやすい文字「ツ、シ、ン、ソ、リ」を選択。
また、Monotype の和文書体は、欧文書体にあわせてデザインされているため、和文と欧文のサイズや位置が調和するようにあらかじめ設定されているのも特徴です。フォントをそのまま打つだけで、自然な和欧混植が可能になります。通常の和文書体では、和文書体にあわせて欧文書体を作りますが、Monotype では欧文にあわせて和文を作るところが画期的、と小林は言います。
見本帳全体のデザイン
「見本帳を作るときに注意したのは、それが物質であるという点です」と祖父江氏。印刷された状態で物質としてどう見えるかを考慮し、少しクリームがかった紙を選択。鮮やかすぎずに発色のよい色ということで、キーカラーを朱色に。見本帳の外側の紙面では朱色部分に、内側の紙面には黒い文字のところにニスを乗せ、存在感を出したそうです。
見本帳の表紙には、ひらがなの「あ」をはみ出すように入れ、表紙をめくったところに10ウェイトの見本を掲載。大きな文字には細いウェイト、小さな文字には太いウェイトをあてることにより、文字のサイズが変わっても同じ太さに見える書体見本も作成し、10ウェイトの効果的な活用方法を見せています。
見本帳の裏面には、Shorai Sans の由来となった言葉「松籟」を掲載。松籟とは、松の枝を吹き抜ける風やその音を意味する言葉で、茶道では茶釜の湯がたぎる音を意味すると言われています。たづがね角ゴシックの「たづがね」が鶴を意味していたので、鶴と言えば松ということで、松に関連がある言葉に。音の響きがよく、どの国の人でも発音しやすいことを意識したと言います。
見本帳の内側の紙面には、欧文、ひらがな、カタカナの文字見本を掲載。ひらがなの「お」は、学校で習う「お」の形。「む」は、2画目のくるっと回る部分が下の方にあり、手で書いたように自然な形をしている、と祖父江氏は指摘します。「お、む」の横線は定規で引いたような直線ではなく、手で書いたニュアンスが微妙に残っていて、「お、む」の2文字を見ただけでこの書体のすごさがわかる、と言います。
見本帳制作時に変更された文字
「写植時代まではカギカッコは小カギがメインだったのですが、デジタルフォントになると大カギばかりになりました。小カギにしたい時は入れ替えなければならず、面倒だったんです」と祖父江氏。見本帳を制作する過程で、そのような指摘を受け、Shorai Sans のカギカッコの形を変更。2021年9月7日の時点では、カギカッコが長いままですが、9月17日には祖父江氏の意見を取り入れて短くしています。
ひらがなの「へ」とカタカナの「ヘ」も祖父江氏の意見をもとに調整。9月7日の時点ではひらがなとカタカナの違いがわかりづらかったため、9月17日には、カタカナの高さをひらがなより少し高くし、角度も鋭角にして、より明確に違いがわかるように変更しました。
ひらがなの「へ」は行頭に来ないことが多いのですが、カタカナは「ヘルシンキ」「ベルリン」など単語の頭に来ることがあるため、このような形に。祖父江氏のアドバイスを受けて、単語を組んだ時にしっかり見える形に調整されています。
「書体見本帳の形を最初から決めず、相談しながら作っていきました。遊びの部分をこんなに残せたのもうれしいです。見本帳のデザインでは、デザイナーとして書体を使う時に気になるポイントを盛り込みました」と祖父江氏。
「祖父江さんと書体見本帳を作りながら、書体の文字の形が変わっていくというのも面白い体験でした。見本帳のデザインだけをお願いするのではなく、書体を作る側と使う側でやりとりし、書体を使う側からのご意見をいただいたのがよかったです」という小林の言葉で Session 1 が終了しました。
Shorai Sans 見本帳はこちらからダウンロードいただけます。
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